「日本語の作文技術」を読んだ

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本田勝一「日本語の作文技術」

ついに、長年積読してあった本書を一通り読んだので、振り返り用のメモを残す。1982年発行ということで文体が硬く、例文も古めなので読みづらいところはあったが、読んで良かったと思う。単に作文におけるベストプラクティス、アンチパターンを知れるだけでなく、文章を構造的に捉えるための視点が得られた。

とりわけ技術文書のライティングという観点では、誤解なく読みやすい文章をつくるために本書の知識が役立つ。

一方で、内容をどのように整理するか(何を書き、何を書かないか)や、内容をどのように構成するかといった技法は書かれていない。説明には、ルポのような描写的な文章を例にとることが多く、「修飾の順序」と「読点のうちかた」を中心とした内容だ。「理科系の作文技術」も合わせて読むと良いのかもしれない。

以下、自分のための簡単なまとめ。

修飾する側とされる側の配置について

修飾・非修飾の関係をできるだけ近くに配置すると良い(2章)。ここでは直接本書の内容を引用する。

2日未明、東京都三鷹市のマンションで、部屋に充満していたプロパンガスが爆発して4人が重症、32人が飛び散ったガラスの破片などで1ー2週間のけがをした。(『朝日新聞』1974年10月2日夕刊9ページ)

これなどはかんたんな例だから特別にわかりにくくはないが、それでも 「32人が飛び散った……」のところは一瞬まごつくだろう。まるで人間が飛び散ったかのように思わせられる。

(中略)

これを抵抗なく読ませるための第1の方法は、修飾関係の直結だ。

……4人が重症、飛び散ったガラスの破片などで32人が1ー2週間のけがをした。

「まごつく」という表現が、なんとも良い。この原則は知っておくだけでかなり取り入れやすい。

修飾語の順序の良し悪し

修飾語の並べ方について、4つの原則がある(3章)。自作の例文を使って見ていく。

① 節を先に、句をあとに

「システム」を修飾する次の3つの語を組み合わせることを考える。

  • シンプルな ─ システム
  • 変更が簡単にできる ─ システム
  • 枯れた ─ システム

いろいろな並び替えが考えられるが、句を先に持ってくると、例えば

シンプルな変更が簡単にできる枯れたシステム

となる。すると本来「アーキテクチャ」にかかるべきである「シンプル」が別の語にかかり、意味が変わってしまう。よって

変更が簡単にできるシンプルな枯れたシステム

のように、修飾節を前にもってくると良いことがわかる。

② 長い修飾語を先に、短い修飾語を後に

「もたらした」にかかる次の3つの語を組み合わる。

  • 新しく登場したコンテナという仕組みが ─ もたらした (主格)
  • ソフトウェアの開発手法に ─ もたらした (方向格)
  • 大きな変化を ─ もたらした (対格)

これら3つは、日本語では同じ資格なのでどの順番で組み合わせても良い。並び替えを列挙する。

  1. 新しく登場したコンテナという仕組みがソフトウェアの開発手法に大きな変化をもたらした。
  2. 新しく登場したコンテナという仕組みが大きな変化をソフトウェアの開発手法にもたらした。
  3. ソフトウェアの開発手法に新しく登場したコンテナという仕組みが大きな変化をもたらした。
  4. ソフトウェアの開発手法に大きな変化を新しく登場したコンテナという仕組みがもたらした。
  5. 大きな変化を新しく登場したコンテナという仕組みがソフトウェアの開発手法にもたらした。
  6. 大きな変化をソフトウェアの開発手法に新しく登場したコンテナという仕組みがもたらした。

一読すると、1, 2, 3 が違和感なく読めると思う。ただし「ソフトウェアの開発手法に」がもっと長くなる場合、2 は読みづらくなる気配がある。1, 3 に共通する点は、長い修飾語を前に持ってくる点だ。他方で、「大きな変化を」を先頭に持ってくる5と6はリズムが悪く、いかにも逆順であるという明確な違和感が感じられる。

もう一つ、主格が短い例も見てみる。

  • 深層学習が ─ 示した (主格)
  • 画像や音楽などを対象とする諸問題に ─ 示した (方向格)
  • 他の手法を圧倒する高い性能を ─ 示した (対格)

並び替えは次のようになる。

  1. 深層学習が画像や音楽などを対象とする諸問題に他の手法を圧倒する高い性能を示した。
  2. 深層学習が他の手法を圧倒する高い性能を画像や音楽などを対象とする諸問題に示した。
  3. 画像や音楽などを対象とする諸問題に深層学習が他の手法を圧倒する高い性能を示した。
  4. 画像や音楽などを対象とする諸問題に他の手法を圧倒する高い性能を深層学習が示した。
  5. 他の手法を圧倒する高い性能を深層学習が画像や音楽などを対象とする諸問題に示した。
  6. 他の手法を圧倒する高い性能を画像や音楽などを対象とする諸問題に深層学習が示した。

個人的に 5 以外はあまり違和感がないと思う。

読んでいて1つわかる点として、「深層学習が」と「他の手法を圧倒する高い性能を」の間には関係性があり、「深層学習」が先に登場しなければ、「他の手法」が何に対する他であるのかを理解できない。従ってこれらがつながっているとスムーズに読める。

このように文によって他の色々な要因が読みやすさに絡んでくるので、この原則は全く絶対ではない。ただし、単なる物理的な「長さ」だけで文の自然さを左右するという点において、頭に入れておくと良い原則 である。

③ 大状況から小状況へ、重大なものから重大でないものへ

前回挙げた例を少し変えて、修飾語の長さを同じ程度にしてみる。

  • サーバー台数の増加が ─ 与えた(主格)
  • サービスの可用性に ─ 与えた (方向格)
  • 極めて良い影響を ─ 与えた(対格)
  1. サーバー台数の増加がサービスの可用性に極めて良い影響を与えた。
  2. サーバー台数の増加が極めて良い影響をサービスの可用性に与えた。
  3. サービスの可用性にサーバー台数の増加が極めて良い影響を与えた。
  4. サービスの可用性に極めて良い影響をサーバー台数の増加が与えた。
  5. 極めて良い影響をサーバー台数の増加がサービスの可用性に与えた。
  6. 極めて良い影響をサービスの可用性にサーバー台数の増加が与えた。

長さは同じでもそれぞれの語がもつ意味の重要性が異なる。「極めて良い影響」はそれだけでは漠然とした意味しかないので、最初に持ってくる 5 と 6 に違和感がある。より重大な意味やイメージを持つ語を前に持ってくるとわかりやすい。

④ 親和度の高い語を引き離す

  1. 若いエンジニアが有名なそのイベントに参加した。
  2. 有名なそのイベントに若いエンジニアが参加した。

この2つの文の主格と方向格の接続部分に注目すると、

  • エンジニアが有名
  • イベントに若い

がある。このまとまりには直接的な意味のつながりは本来ないが、物理的にはつながっているので共起しやすい語が連続すると理解しづらくなる。本書ではこれを「親和度の高い語」と言っている。

よってこの観点で見れば、エンジニア」と「有名」は親和度が高いが、「イベント」と「若い」は親和度が低い。そのため2の方が理解しやすい文章と言える。

読点のうちかた

読点の使い方によっては文章の意味を180°変えることさえある。読点の打ち方―原則は10パターン のような一般的に知られている原則に加えて、次のようなものがある(4章)。

①長い修飾語が2つ以上あるとき、その境界に読点をうつ

本書の例文を引用する。

戦前からの業界の流れを知る幹部も、若手も今年の漁獲やかつての北洋について聞くとうしろめたそうな顔になった。

(「朝日新聞」1974年9月5日夕刊8ページ 「サケ─われらが友」第9回)

語尾の「うしろめたそうな顔になった」に次の3つの語がかかっている。

  • 戦前からの業界の流れを知る幹部も
  • 若手も
  • 今年の漁獲やかつての北洋について聞くと

「若手も」の後にのみ読点を打つと、意味合いが変わってくる。

戦前からの業界の流れを知る幹部も若手も、今年の漁獲やかつての北洋について聞くとうしろめたそうな顔になった。

「戦前からの業界の流れを知る」が「若手も」にもかかってしまうからだ。 従って、表題の原則の通り、修飾語の切れ目に読点を置くと良い。

戦前からの業界の流れを知る幹部も、若手も、今年の漁獲やかつての北洋について聞くとうしろめたそうな顔になった。

さらに「若手も」に修飾語を補足することで文章にリズムが生まれる。

戦前からの業界の流れを知る幹部も、昔のことはなにもしらない若手も、今年の漁獲やかつての北洋について聞くとうしろめたそうな顔になった。

②原則的語順が逆順の場合に読点をうつ

原則的語順とは、3章で紹介した語順のことだ。一番陥りやすいパターンとして、主格を前に持ってきてしまう例がある。先に上げた例を再掲する。

  • 深層学習が ─ 示した(主格)
  • 画像や音楽などを対象とする諸問題に ─ 示した(方向格)
  • 他の手法を圧倒する高い性能を ─ 示した(対格)
  1. 深層学習が画像や音楽などを対象とする諸問題に他の手法を圧倒する高い性能を示した。
  2. 深層学習が他の手法を圧倒する高い性能を画像や音楽などを対象とする諸問題に示した。
  3. 画像や音楽などを対象とする諸問題に深層学習が他の手法を圧倒する高い性能を示した。
  4. 画像や音楽などを対象とする諸問題に他の手法を圧倒する高い性能を深層学習が示した。
  5. 他の手法を圧倒する高い性能を深層学習が画像や音楽などを対象とする諸問題に示した。
  6. 他の手法を圧倒する高い性能を画像や音楽などを対象とする諸問題に深層学習が示した。

この例で「深層学習が」は一番短く、修飾の順序の原則からすれば最後に持ってくるのが自然である。よって1 と 2 の例では

深層学習が、画像や音楽などを対象とする諸問題に他の手法を圧倒する高い性能を示した。

のように読点を打つべきである。

ところが、文章に特に深い関心を抱いていない一般の人々が書く文章では、この 主格を先頭に持ってきた上で読点を打たない ケースが非常に多い、と本書で言及されている。

主格を一番前に持ってくる行為は、修飾の順序の原則の「③大状況から少状況へ、重大なものから重大でないものへ」に従っている可能性があるので、必ずしも逆順とは言えないが、どうしても意識の核にあるのが主格になのでやりがちである。もし特に理由がないのであれば、そこに読点を打つほうがリズムが良くなるだろう。

その他

その他、下記は既に意識していた部分だったので省略。

  • 「句点をきちんと打つ」(4章)
  • 「漢字と平仮名を使い分ける」(5章)
  • 「段落を意味のある単位で分ける」(7章)

また全体的な話として、推敲が重要だ(当たり前)。書いた文章を読み直し、読みづらい部分を直す癖さえあれば、日本語を母語とする人が助詞の使い方(6章)などを細かく再学習する必要はないように思う。推敲の過程で明らかな誤りは直るはずだ。

第9章のリズムと文体に関する内容は興味深いが、高度であり、再現性のある法則を学べるわけではない。特に技術文書を書く上では、優先度が低いだろう。

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